お店での持ち込みによるお修理引き受けについて



(恥ずかしいほどに雑な仕上がりで。)


僕の大好きな友人や先輩達は服や道具、取り巻くカルチャーまで引っくるめて好きで好きでたまらないって人達ばかりです。


モノ好きのみんなはプロに頼んだりしつつ、自分でお直ししてしまう人も。


沢山のものに溢れる世の中で一度好きになった物、たまたま目の前に舞い込んできた物も直しつづけて大切に使い続けています。


人が直しているのを見かけてしまうと、いつもハートウォーミングな気持ちになってしまいます。




洋服や道具もどんなに高くても、安くても同じ消耗品ということには変わりないと思っています。気に入ったTシャツや靴下はストックも買っておき、年に1回切り替えるなんてこともあると思います。(僕はあまりしませんが、、。)


そんなたくさんのモノに溢れた世の中で、どうしても手放せないモノもある。


手放せない理由のひとつには、きっと特別で大切な思い出が詰まっているだと思います。

それは幸せなこともあれば、辛く自分への戒めとして残している場合も。

手に取り、少し眺めては想い出す。

頭と心の中で浸る時間、旅に近いような感覚。

衣替え時期はこの旅に出てしまうと、なかなか終わりが見えないなんてことも。

皆さま一回は経験したことがあるんじゃないでしょうか。




残念なことに使えば使うほど劣化してしまう洋服。

思い出はどんどん詰まっていき(宿るイメージ?)、馴染んできて身体そのものになってきた頃に、、穴が空いてしまっていることも。


そんな時に同じモノをストックしてあると良いですが、、高い洋服であればもうひとつあるなんてことは極めて少ないと思います。




物がたくさんなかった時代。

使い続けることが当たり前だったからこそ生まれ、発展した技術の一つが刺し子です。

当たり前のように施される刺し子は生活の知恵として各家庭で用いられていたと想像します。

どこかの展示で見た刺し子で古布を繋ぎ合わせ作られた袈裟には圧倒される力強さがありました。修行者は捨てられたぼろ布を拾い集め、洗い清めて一枚の布に縫い合わせて袈裟を作ります。「いかなるものも無駄にせず、他者のために慈悲を尽くす」という、仏教の「民(他者)を思う」根本的な利他の精神が込められている。


直し使い続ける。その行為自体に「尊さ」さえ感じます。


固い話になりましたが、修理をするって思い出をもっともっと大事なものに変えてくれるように感じます。

自分でやってみるの楽しいのですが、限界はあると思います。


当店では靴(スニーカーから革靴まで)とニットウェアの持ち込みでのお修理依頼を引き受けています。

靴のお修理 → 靴修理「凛靴」さん

ニットウェアのお修理 → TINY SEWING TABLE (kaketsugi)さん

※リンクのページよりお修理例もご覧いただけます。


修理の方法や料金などをお修理先さんとの相談になりますが、とても親身に相談に乗っていただけます。

ニットのお修理サンプルはお店にご準備していますので、見ていただきながらご判断いただいても構いません。

もちろん当店でご購入いただいた商品のお修理も同様です。(hariyamaなど)



せっかくのお洋服や靴。


永く、永く大事にしていただけるように、お力添えできればなと思っています。


いつでもご相談くださいませ。